浅田次郎 活動寫眞の女
- 2006年 1月 22日
- カテゴリー : 生活
- 投稿者 : dominion.jp
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昭和四十四年、京都。大学の新入生で、大の日本映画ファンの「僕」は友人の清家忠昭の紹介で、古きよき映画の都・太秦の撮影所でアルバイトをすることになった。そんなある日、清家は撮影現場で絶世の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし、彼女は三十年も前に死んだ大部屋女優だった―。若さゆえの不安や切なさ、不器用な恋。失われた時代への郷愁に満ちた瑞々しい青春恋愛小説の傑作。(裏表紙の紹介文)
ちょっと前に2ちゃんの大学生活板の京大スレで話題にのぼっていた本。それ以前から、存在自体は知ってたんが、読む機会が無かったので話題に上ったのを機に読んでみた。
舞台になっている昭和四十年代の大学と言えば、学園紛争の嵐が吹き荒れていた頃である。そして、その時代は日本映画が娯楽メディアの中での地位をテレビへと譲り渡していく頃でもある。
そんな時に、学園紛争により東大の入試が中止になったことで、京大の文学部に入学することになったのが日本映画オタの主人公の三谷。ストーリーは三谷の友人清家と朧な「活動寫眞の女」との恋愛、そして三谷と同じ下宿に住む三回生の早苗との恋愛の、二つの恋愛を描いていく。古きよき活動寫眞の時代の幻影を、追い求めるかのような二人と、自分達の生きている時代を信じ、その流れに付いていく二人。この二つの恋愛模様のそれぞれの結末は…。
という感じの話。裏表紙紹介文にある「瑞々しい」という形容詞がぴったりと合う小説だった。そんでですね、京大のキャンパスはもちろんのこと、今出川通の並木やら、吉田山、五山送り火、木屋町の飲み屋街など、普段の生活に出てくる固有名詞がバシバシ出てくる。三谷と早苗が住む下宿があるのは吉田山の東裾だというから、神楽岡通りあたりにある設定なのだろうか?
京大構内には、いまだにこの時代の雰囲気が残っている。時間が止まってるような場所も多くあり、一種異様な現実感があった。具体に例を挙げれば、進々堂の壁にかかっている詩がストーリー上のキーワードになっていたりするのである。その現実感に没入し、時間も忘れて読み耽った。
今、わざわざ進々堂でその詩が刻まれたプレートを前にしている。読後の余韻に浸りつつ、まったりとエントリーを書こうと思ってここに来たのである。
だけど、今日は1月21日。すっかり忘れていたが、センター試験一日目。試験終了後の受験生であふれており、余韻も糞もないwおめーら早く帰って二日目の勉強しろよw
>昭和四十四年
ウチの叔父(現・工学部某研究所教授)が京大に入って3回生の頃ですな。
学生紛争真っ盛りの頃で、授業とかまともに出来ないことが多かった、とか。
ちなみにその教授、いや叔父は進々堂には学生時代には(多分今も)1度も行ったことがなかったとか。
研究室でずっと研究してたらしい。
だからあんな面白味のない、つまらん人間になってしまったのかも。
σ(‘?’)が研究よりも自分の趣味にばっかりうつつを抜かすことに対して、叔父は南部にいるσ(‘?’)を工学部までわざわざ呼び出して、ボロカス言います。
(・ε・)ムゥー
おおおおー、学生時代に進々堂に行ったことがなかったとはちょっと勿体ない気がします?。
卒業で京都を離れるまでに気になる飲食店を巡ってみよっと。