著作権:70年に延長要望 音楽出版社協会名誉会長
- 2006年 4月 15日
- カテゴリー : ニュース
- 投稿者 : dominion.jp
- コメントを書く
音楽出版社協会の渡辺美佐名誉会長は11日、首相官邸に小泉純一郎首相を訪ね、著作権の保護期間を作家の死後50年から欧米並みの70年に延長するよう要望した。渡辺氏は小泉首相が好きな米ロック歌手、エルビス・プレスリーの長女リサさんが書いた著作権延長を願う手紙も持参した。
著作権:70年に延長要望 音楽出版社協会名誉会長 – 毎日新聞 2006年4月11日 21時57分
政治家に情切で訴えるのは、作者の死後の著作権期間の延長についての合理的な反対論を、合理的に論破してからにしたらどうなのか。
死後の著作権延長を求める主張をみると、「国際競争力」や「知的財産立国」などと、大義を掲げている場合が多い。そして、死後の著作権を延長することこそ、国と文化を繁栄えさせようなことが書いてあるが、論の前後を雰囲気で繋げているに過ぎず、その論理性は破綻している。結局、現在あるパイを離すか、離さないかという利害調整のレベルの主張に終始しているのである。
一般論として、権利を伸長させることは簡単だが、逆に制限しようとすれば既得権者からの強い抵抗が生まれる。
本件についても、死後の著作権を延長すれば、それは不可逆的な行為になるだろう。日本経済のパフォーマンスに将来にわたり影響することになるような案件は、利害調整の帰結として決めるべきではない。徹底的に理屈を追求していくべきである。
首相の好きなエルビス・プレスリー(故人)の肉親の手紙を使って情に訴えるなどという発想は、「どうしたら文化が進歩していくのか」、「どうしたら日本が将来的に知的財産で食っていけるようになるのか」という観点が完全に抜け落ちている。こんなものがクリエイターサイドの認識かと思うと、その貧困さに絶望を覚えざるを得ない。
他人に勝手に使わせたくないってのは分かるよ。というか100年くらいに延長でいいような気がする。
100年くらい経てば、直接の関係者いなくなるだろうし。50年とか70年じゃまだ子供とか普通に生きてると思う。
文化を守ることと権利者に従うかは別問題。
守られてないよね・・・。
保護に率直に従うのはお役所だけだって現実も。例えば人前で演奏するのも権利料発生するけど現実問題として一般人は、払わないですよね。
そもそも著作権てのは「他人に勝手に使わせたくなーい」
って人のためにあるものじゃなくて、
「創造のための適切なインセンティブを確保して、文化の進歩を促す」
ための純粋に経済的な権利なのだと思うのですが。
だからこそ、仰るとおり「権利者に従う」=「文化を守る」とは限らない。
知的財産権は、独占と排他の権限だしなぁ。
学術とか非営利とか公共性で例外項目設けるのは
当然だけど、既得権利者からすればそういう名目でも
勝手に使われてるってなるのかも。オマージュとか
パロディの線引きとかも難しいとこだし、結構なし崩し
的になりがちな権利者側の法的根拠を強化するのも
よいのでは?いまでも権利者無視してそのままの
フレーズやアイディアを引用してる現状があるしねぇ。
NHKが大河ドラマで黒澤明のシーンそのまま再現とか。
(著作者本人が死亡すると許可はやっぱり親族に?)
音楽より同一性を明確にしやすい絵とかデザイン
でも引用解釈で結構極端な判例があったような
気がするし。音楽で似て非なるものをやられたら
遺族的には、ちょっと悲しいかも。
受け売りみたいなもんだけど、既存の著作物は多かれ少なかれ過去のものにインスパイヤされてるわけで。
海賊版との線引きに困難な点があるけど、そういう派生作品みたいなのは強制許諾にしちゃうのが、一番著作物を産むことになると思われ。
そいで、死後50年の権利期間を20年延長することは、新しい著作物を増やす効果より減らす効果の方がずっと大きいと思う。
結局、遺族の感情次第で20年も権利が延長されるってのは、「文化の発展を促進する」のに役立つかのかよ?という。