オープン・ソースに関する議論で、企業や官庁が中々採用しない理由として、以下のように言われることがある。

ソフト側の問題で何か不具合や情報流出が起きたとき、パッケージソフトならそれを販売元の会社の責任に出来るが、オープンソースだと責任者が曖昧であり、採用決定者の責任にされる。だから企業や官庁での採用が進まないのである。

しかし、である。ウィンドウズの不具合により採用企業に損害が生じてもMSは責任を取らない。利用者はそのシュリンクラップを破る際に、そんなライセンスのもとに使うことになるのである。むしろ損害賠償責任をメーカーが負うようなライセンスで供給されるパッケージソフトなん、今日日皆無に近いはずである。

とすると、パッケージソフトの場合は採用者の責任が問われず、オープンソースの場合は採用者の責任が問われるというのは、なぜなのか。ウィンドウズの不具合で組織に損害が生じたとき、採用者が「これはMSの責任です。」と言ってお茶を濁せるとしたら、それはその組織の責任分担がおかしいのではないか。ソフトの採用決定者は、そもそも「ウィンドウズを採用した」という点にこそ責任を負わなければいけないのではないのか。

とここまで書いて「オープンソース 責任の所在」で検索してみたら、ちょっと似た話を見つけたのでリンク。