kyoto-u.comの読書スレで見て、更に本人のblogでも「売れてる」と書かれていたのを見て、平野啓一郎 スロー・リーディングの実践を読んだ。

スロー・リーディングを主張する筆者に取ってみれば、許しがたいかもしれないが本書の趣旨に反してサッと読んでしまった。新書だから仕方ない。

前半には「本はじっくり読むべきだ」という筆者の主張があり、後半にその主張を実践するための本の読み方指南という構成である。

前半の内容は納得できるのもあればできないのも多い。たとえば、スローリーディングは試験にも役立つという節はその通りである。というか、そういう読み方をしない人は、記述型の現国の試験で高得点を得るのは困難だろう。

また、同じ節に書かれていた「受験国語は作者の解釈ではなくて出題者の解釈をくみ取るものだ」という主張は真実で、試験問題の出題者は作者の意図など分かっていない。平野氏の先輩芥川賞受賞作家の南木圭士氏によると「自分の文が試験問題になっていたので解いてみたが、まるで解けなかった」とのこと。

また、読み進めていく中で前に戻って内容を確認したり、一度読んだ本を読み返すと自分自身の成長を実感できる、書評を書くと本の主旨をより理解できる、等々の主張には同意できる。いまやっているように、読書の感想をブログに書く、ってのも実際に読み返しながら書くわけなので、自然と再読できるし。

だが、本を速く読むことそれ自体は悪いモノではない。この本では、「速読=開いたページを記憶する読み方」的に書かれているが、それは「速読」ではなく特殊技能である。接続詞や助詞等に気を配りニュアンスはくみ取らなければ誤読することになるのは当然だが、時間のない中で本の概要を必要に応じて理解するのが速読だろう。速読で得た知識が筋肉にならず、「知っている」というだけの贅肉になっているとしたら、それはその人の資質の問題でしかない。

既に世の中に出回る情報量を網羅することなど出来ないだろうが、それを追うのをやめる必要もない。

また、この本のフーコーの文章を例に読み方を解説してる部分を読んで、納得している受験生は、出口現代文 入門講義の実況中継シリーズを買ってみると目から鱗だろう。

平野氏と言えば、「日蝕」が手に入れたまま積ん読状態になっているので、そろそろ読んでみたい。その際は、ゆっくりと助詞や助動詞、接続詞に気をつけて読んでみようか。。