端緒として延々とNHKを取り上げてるだけで、「料金をどうしろ民営化をしろいや国営化だ不祥事を起こしてNHKはけしからんぞ」云々と言うNHK問題じゃなくて、本当の主題は公共性とジャーナリズムな本。

1~5章までがNHKと放送の歴史や経緯を扱っているため、最終の短い6章に急激に抽象的な主題が詰まっている。主題がこうも短く詰まっていると、感想を書こうとしても、その短く詰まった主題を紐解いてほぐして再構成する必要も出てこようというところだが、それはしんどいので放棄する。

筆者の言う「公共性(=武田氏的公共性)」を、なぜNHKが負うべきなのかがまず理解できない。NHKではなく、ネットこそが、反照的均衡にいたるプロセスを安く広く展開するための具体的な場になり得るだろう。もう氏の言うように「一部の富裕層だけしかネットを使えない」なんてことはないのである。

筆者が、ネットではなくNHKに「武田氏的公共性」を担わせたいと思うのは、結局のところジャーナリズムってものを信じているところにあるんじゃないかと。私は、筆者が「みなさまのNHK」なんてのを信用していないのと同程度に、「ジャーナリズム」を信じていない。したがって、「武田氏的公共性」を「ジャーナリズム」が負うことが出来るかという点については大いに懐疑的である。

Googleの(検索エンジンとしての)中立性?Googleに引っかからない情報は不可知の闇に沈んでいく?いやジャーナリズムこそ、どれだけの「武田氏的公共性」に関する情報を「みなのため」にもたらせるのか。そんなのは、自称ジャーナリストが恣意的に公共性の定義を定めて自己満足に浸っているだけじゃないのか。