2007年 8月 の記事

A4ヨコ形の2穴リングファイル

冊子を見開きでコピーして保存、閲覧するためにはA4ヨコ形の2穴リングファイルほど適したファイルは無いと思う。

フラットファイルでは枚数が収容できないし、閲覧するときに閉じ具の根元が曲がってしまう。パイプファイル(バルキーファイル、ドッチファイル)は構造上、ファイルに収容したまま閲覧しづらい。

A4ヨコ形の2穴リングファイル(特にDリングファイル)こそ、上記の用途向けとしては必要にして十分であり、完成形である。

でも、文具メーカーでもあまり作っていない。店にもほとんど売っていない(大きめの文房具店を2軒回ったけどなかった。あっても色は選べず青一色がほとんど。)。需要無いのかなぁ?

労働のインセンティブと天下りについて

内閣人事も終わったところで先週のネタ。

競争に勝つためにがむしゃらに働く。定時に帰宅することは許されない。翌日の国会質問の内容が分かるまで全員待機。家庭が犠牲になる。政治家に頼まれ質問を作ることもある。ガラの悪い政治家は「便宜を図れ!」と無理難題。ストレスがたまる坂道だ。
でも次官在職期間はせいぜい2年。後は外郭団体、独立行政法人に天下り。待遇は破格だ。恵まれた生活が保証される。だから我慢したんだ!が本音だろう。
ところが、その「最後のうまみ」が危うくなった。「押し付け的天下り禁止」を盛り込んだ公務員制度改革関連法案が事務次官会議に掛けずに閣議決定された。質問を作ってもらった政治家たちが反官僚に回る。彼らから情報をもらって商売する新聞、テレビの記者はそろって「天下り反対!」である。(断っておくがテレビ、新聞の幹部は堂々と関連会社に天下っている)
大きな声では言えないが…:東大卒がいなくなる? 牧太郎 – 毎日新聞

これは「官僚は出世競争して天下りして老後に多きな所得を得ることをインセンティブにして若いうちからがむしゃらに働いている」という、官僚に対する労働感と天下りに対する典型的な認識である。「本音だろう」って勝手に忖度しないでくれ。私にとっては、老人になってからの所得より今の所得と業務の内容の方が重要だ。

牧太郎氏自ら、マスコミの幹部の方々は堂々と天下ると認めているが、マスコミの中の人たちは、社内の競争に勝って出世して天下りして、そいで老後の所得を得るために日夜働いていたのか?

そうなら、全くご苦労なこと。だが、違うとなら、なんで役人のインセンティブだけ「老後の所得」だと断じられるのだ。何かアンケート調査でもやったのか。マスコミが勝手に断じてもっともらしく報道し、それが当のマスコミも含めて人口に膾炙してしまっている。マスコミは、いつまでこのステレオタイプをもとにした報道をし続けるのか。

電力不足

「柏崎刈羽原発の震災の影響で電力不足なので、今日は庁舎内の空調を2℃上げる」という連絡があった。30℃とかあり得ない。。

freemlというサイトについて

7月にリニューアルしたらしいが、久しぶりにログインしたら実に使いづらくなっていた。

サイト名の通り、メーリングリストサイトであったはずなのに、変に色気を出してSNS化しようとした模様。こういうリニューアルを企画する人の頭の中を覗いてみたい。きっと、こみゅにてぃーでえすえぬえすでしーじーえむでぱらだいす\(^o^)/というお花畑みたいな作りになってるに違いないと思う。

キリン ディアボロ・ジンジャー

キリン ディアボロ・ジンジャー

国産しょうがのみを使用したという点や、安易にドライ・ジンジャエールとするのではなく、生姜の味のするジンジャエールを指向した点、香料を使用していない点等のコダワリは大いに評価。もっとも、「世界のKitchenから」シリーズは「世界の”お母さん”に負けられない」というくらいだからこれくらいのコダワリは当然?

味だけど、ウリの一である生姜の風味については、ウヰルキンソン・ジンジャエール(瓶)と比較すると、良くいえば万人受けするが、悪く言えばパンチに欠けるとも言える味。個人としては断然ウヰルキンソン・ジンジャエール(瓶)が好みです。

また、グレープフルーツ果汁を使用しているためか、舌に薄い苦みがのこるのは好みの分かれるところか。甘味の引き方については自然で良い。

おそらくカクテル用途にはあまり向かないように思われるけど、今度実験してみよう。

「世界のKitchenから」シリーズについては、今回のように良い意味でチャレンジングな意欲作が今後とも出てきそうでそこそこ期待中。

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小寺信良 津田大介 CONTENT’S FUTURE

CONTENT’S FUTURE

この本はタイトルどおり、コンテンツの未来へ向けた本。形態は編著者である小寺信良氏と津田大介氏が、コンテンツを取り巻く様々なプレイヤーと対談(鼎談)した対談集。

コンテンツについての議論は、政府の審議会をはじめとした各種会議の議事録、ニュース&コラムサイトの記事、個人のブログはもちろん、それこそ2chでも活発に行われており、いくらでも触れることができる。だは、それらメインの議論は、本書で第二日本テレビの土屋氏が言っているように、

日本でのメインの議論は「なんでテレビはそのまんまネットに載らないんだ」っていうもので、「いやそれは著作権がね」とか何とかっていうことを言うと、じゃあどうやったらそのままネットに上げられるんだっていうことが議論の大半。 – 本書33p

であり、権利という利権と利益とのぶつかり合いでしかない。そこでは、現在のコンテンツの担い手からは、旧来からの権利の主張と、権利と規制の強化が唱えられるだけのことが多く、またユーザーサイドはその逆である。未来像、特にコンテンツの担い手の抱くコンテンツの未来像は、ガチンコのぶつかり合いに隠れてしまってあまり見える気がしない。

本対談は、コンテンツに関する「日本でのメインの議論」をやるのではない。リラックスした雰囲気の中、あくまで未来像が語られる。あえて「日本でのメインの議論」を中心には据えない。だからこそ、現在のコンテンツの担い手見ている未来を、そして彼らが持っている夢をを知ることができる。そして、そもそも権利者である彼らも未来を向いているのだ、ということを再確認できる。権利者とユーザーとの断絶を埋める存在は貴重であり、新鮮だ。

dankogai氏は本書を評して、

しかし、本書は”CONTENT’S FUTURE”なのである。
なぜ、ラレコと語らなかったのだ。なぜ、矢野哲と語らなかったのだ。
なぜ、未来と語らなかったのだ。
(中略)
もちろん、未来を考えるにあたって、今を知っておくことはものすごく重要だ。しかし、未来は考えるものではなく、創るものである。そして創っている本人たちがそれを言語化するだけの語彙を持っていることは滅多にない。彼らの言葉にならない言葉を拾うことこそ、著者たちがやるべきことではなかったか。

としている。

しかし、むしろ対談相手を「中年」とした本書の選択は間違っていない。コンテンツを取り巻く環境や制度に関する意思決定を行うのは、まだまだ第一線で活躍する彼ら「中年」たちでしかない。

CONTENT’S FUTURE
小寺信良×津田大介
発売日:20070802
出版社:翔泳社
価格:\\2,205
978-4-7981-1401-9

ついでに書いておくと、本書は「表示 – 非営利 – 改変禁止」のクリエイティブ・コモンズのライセンスで発行されているというチャレンジングな本である。なんかスキャン+OCRで公開してる人もいるし。。

クリエイティブ・コモンズライセンスって、やっぱおもしろい。ま、ビブリオマニア化しかけている自分にとっては、タダで読めることより手元のサイン本の方が重要なわけだが。

  1. 池袋ジュンク堂で行われた発売記念対談は、前日に開催を知って、当日手隙だったのを良いことに、仕事が終わって速攻地下鉄に乗って聴きに行ったもの。リアル対談も色々なオフレコのぶっちゃけ話があって非常によかった。 []

Google notebook

アンドゥがねぇヽ(`Д´)ノ
つかえねぇ。

安彦良和原画展に行き、講演を聴く その2

その1の続き

講演は、石川啄木、萩原碌山といった、若くして死んだ明治の芸術家や、安彦氏が現在教鞭を執っている神戸芸術工科大学の若者の話をなど天才・才能のテーマが中心だった。

しかし、自分がいちばん興味深くかったのは、アニメ・マンガと政府との関係の話である。昨今、日本では産業としてアニメやマンガを育てていこうという考え方あり、新しい日本文化の一つとして国内外のマンガ家に賞を出したりもしているところである。そういった動きに対しては、二人とも否定的であった。

飯田氏(以下「飯」とする。):「ほっといてくれ、という感じ。」
安彦氏(以下「安」とする。):「韓国には国が肝いりで作ったアニメを教える大学があるが、アニメを学びたい人は結局日本にくる。」

安彦氏も優秀賞を受賞した文化庁メディア芸術祭での顕彰についても、

安:「賞を頂けるのは、やはり漫画家としての仕事が認められるということなので素直に嬉しい。ただ、それを政府がやる必要があるかといえば疑問。じっさいのところ、受賞作品の選考はかなりまじめにやってるらしいが…。」

とのこと。このあたりについて、もうちょっと聞いてみたかったので、自分でも質疑応答の時間に、役人だとは言わずに聞いてみた。

自:「先ほどから話題になっていましたが、それ以外のところで、アニメやマンガに対して政府が出来ることって何だと思いますか?」
安:「さっき飯田さんも言っていましたが、政府ができることは無いんじゃないでしょうか。」

と。さらに、先日の国際漫画賞については、

安:「日本政府が、外国の香港劇画の大御所に今さら賞を出す意味がよくわからない。」
飯:「どうせビッグネームに賞を出すなら、いっそのことディズニーにでもあげちゃえばいいのでは。」
安:「政府にたいしてはほっといてくれということ。ここまでマンガやアニメが育ったのは、政府が手を出さなかったから。」

という感じで、講演終わり。

たしかに、マンガやアニメ業界は、これまで政府が中身にも制度にもほとんど干渉してこなかったからこそ現状の発展がある。「カネを出すけどクチも出す」的奨励策や、ポップカルチャーを外交戦略として使い始めたら、それらの魅力はスポイルされてしまうだろう。政府が口を出して作られたマンガやアニメが面白くないことは全く想像に難くない。
また、政府が出来ることなんて限界だらけである。例えば政府がエロマンガやエロゲーをもり立てるのは、よほどの覚悟がなければPTAやらなにやらからの強い批判に持たないだろう。

だけど、そういったコンテンツの中身への介入的施策や往年の産業政策的なゴリゴリでもないところで、国が何かできるのではないか。この産業は自生的な制度の中で発展してきたけれど、その自生的制度の中には市場の失敗的な制度上の歪みがあるのではないか。例えば多少のヒットではアニメの製作現場には収益は還元されないため、アニメとは現場のやる気と根性に支えられて生み出されているものなどとも言われているところである。そういった市場構造の歪みのせいで、文化的・経済的なポテンシャルを生かし切れていないとしたら、それこそは政府がなんらかの施策を考えていくべきじゃないのか。

その後、展示の方を見て、図録を買って帰宅。講演のことばかりになってしまったが、原画は流石御大と言う他無い。これまでも、安彦良和全仕事集や安彦良和画集でカラー画を堪能はしてたものの、MARAYAなぞは、原画で見ると肉感的なところが際立ってホント最高である。

本原画展は11月には京都駅でも開催されるので、kyoto-u.com利用者の皆さんも行ってみるべき。
安彦良和原画展 会期・会場

日本のお米が食べられなくなる日

日本のお米が食べられなくなる日が近づいているのかもしれません – ニセモノの良心の内容が入省直後の研修で行った中国地方の某市の状況と完全に同一。

  • 虫食い的に広がる耕作放棄地
  • 土地が奪われる気がして農地を貸したがらない高齢者
  • 野原に還っていく田畑
  • 予想される数年後の集落の崩壊

こんな状況に対して、
政府与党(という言い方は嫌い)と民主党では、それぞれ農業の大規模化促進と小規模農家を含めた戸別所得補償制度の二つの道が提唱されている。後者って数年間は多少なりとも効果が出るかもしれないけど、現実を踏まえた解決策では何ら無いのではないか。

田下 存続の危機にある日本の農業をどのように維持しようと考えてらっしゃるか、お聞かせいただければ。
小沢 農業は他の産業と比べると生産性が低いので、ほかと同じ位置づけをするには無理があります。国内総生産500兆円のうち、農林漁業の生産は合わせて13兆円しかないのです。ですから、農林漁業だけでは経済的な豊かさを維持することはできません。日本人がいまと同じような生活を維持するにはほかの産業でも利益を上げなくてはならず、そのあたりの調整は難しいところです。
小沢一郎、農家の主婦と語る。(2ページ)
小沢一郎、農家の主婦と語る。(3ページ)

生産性の高い産業が稼ぎ出す利益を使って、生産性が低い産業の構造を無理矢理維持するのは、それはもう「調整」という言葉を超えている。

something newの全く無いセミナーへの怒り

最近、就職してだいぶ慣れてきたせいか、something newの全く無いセミナーや講演に行くと後でかなりがっかりするようになった。今日の昼のセミナーなどは完全に時間の無駄である。学部生のゼミの発表かと思う内容。あんなんで「社会学者でござい」とやってられるんだから本当に楽なもんだな。

こんなsomething newの無いblogに書くことでもないかも知らんけど、本当にむかついたのであえて書いた。

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