小寺信良 津田大介 CONTENT’S FUTURE
- 2007年 8月 13日
- 投稿者 : dominion.jp
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この本はタイトルどおり、コンテンツの未来へ向けた本。形態は編著者である小寺信良氏と津田大介氏が、コンテンツを取り巻く様々なプレイヤーと対談(鼎談)した対談集。
コンテンツについての議論は、政府の審議会をはじめとした各種会議の議事録、ニュース&コラムサイトの記事、個人のブログはもちろん、それこそ2chでも活発に行われており、いくらでも触れることができる。だは、それらメインの議論は、本書で第二日本テレビの土屋氏が言っているように、
日本でのメインの議論は「なんでテレビはそのまんまネットに載らないんだ」っていうもので、「いやそれは著作権がね」とか何とかっていうことを言うと、じゃあどうやったらそのままネットに上げられるんだっていうことが議論の大半。 – 本書33p
であり、権利という利権と利益とのぶつかり合いでしかない。そこでは、現在のコンテンツの担い手からは、旧来からの権利の主張と、権利と規制の強化が唱えられるだけのことが多く、またユーザーサイドはその逆である。未来像、特にコンテンツの担い手の抱くコンテンツの未来像は、ガチンコのぶつかり合いに隠れてしまってあまり見える気がしない。
本対談は、コンテンツに関する「日本でのメインの議論」をやるのではない。リラックスした雰囲気の中、あくまで未来像が語られる。あえて「日本でのメインの議論」を中心には据えない。だからこそ、現在のコンテンツの担い手見ている未来を、そして彼らが持っている夢をを知ることができる。そして、そもそも権利者である彼らも未来を向いているのだ、ということを再確認できる。権利者とユーザーとの断絶を埋める存在は貴重であり、新鮮だ。
dankogai氏は本書を評して、
しかし、本書は”CONTENT’S FUTURE”なのである。
なぜ、ラレコと語らなかったのだ。なぜ、矢野哲と語らなかったのだ。
なぜ、未来と語らなかったのだ。
(中略)
もちろん、未来を考えるにあたって、今を知っておくことはものすごく重要だ。しかし、未来は考えるものではなく、創るものである。そして創っている本人たちがそれを言語化するだけの語彙を持っていることは滅多にない。彼らの言葉にならない言葉を拾うことこそ、著者たちがやるべきことではなかったか。
としている。
しかし、むしろ対談相手を「中年」とした本書の選択は間違っていない。コンテンツを取り巻く環境や制度に関する意思決定を行うのは、まだまだ第一線で活躍する彼ら「中年」たちでしかない。
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小寺信良×津田大介 発売日:20070802 出版社:翔泳社 価格:\\2,205 978-4-7981-1401-9 |
ついでに書いておくと、本書は「表示 – 非営利 – 改変禁止」のクリエイティブ・コモンズのライセンスで発行されているというチャレンジングな本である。なんかスキャン+OCRで公開してる人もいるし。。
クリエイティブ・コモンズライセンスって、やっぱおもしろい。ま、ビブリオマニア化しかけている自分にとっては、タダで読めることより手元のサイン本†の方が重要なわけだが。
- † 池袋ジュンク堂で行われた発売記念対談は、前日に開催を知って、当日手隙だったのを良いことに、仕事が終わって速攻地下鉄に乗って聴きに行ったもの。リアル対談も色々なオフレコのぶっちゃけ話があって非常によかった。 [↩]
