先だって感想エントリを書いたCONTENT’S FUTURE関連のトラブル。発信源は巡回先のそこかしこのブログのコメント欄で議論をしかけているのをよく見かける大野氏。彼が「CONTENT’S FUTUREをスキャンしてウェブにアップロードする!」と宣言した時点で、痛いことになりそうだったので経過をヲチしていたら、案の定。
津田氏との電子メールの履歴
<以下、メールのやりとりの自分のためのてきとーな要約とメモ>
大野:CCライセンス(改変禁止)がついてたのでスキャン→OCR→テキスト化してアップロード
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津田:「誤植は直してください。改変は禁止です。」
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大野:「わざとじゃないです。改変は意図してないです。コンサートで演奏を間違えたからといって、同一性保持権を侵害したわけではないのと一緒です。そういう指摘はどうかと思います。」
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津田:「誤植多すぎです。ちゃんと確認する労力くらい払ってください(お願いベース)。」
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大野:「これはコモンズなんだから、テキストファイルを公開しないあなたが、誤植を直すという非クリエイティブな労力を利用者である私に要求するなんておかしい。あなたはクリエイティブ・コモンズを誤解している。」
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津田:「(;^ω^)」
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大野:「繰り返しますが、自分はテキストファイルを持ってるのに公開しないでおいて、OCR結果から誤植を無くせと要望するのは、コモンズの共有を制限することだとみなされますよ?CCライセンスがあなたの目的に合わないのなら、選ばなければよいのです。」
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津田:「いや校閲済・印刷版のテキストファイルは持ってないしですけど。どうぞ勝手に共有制限だとみなして下さい。このやりとりを公開してみんなの意見を聞いてみたらいかがですか(;^ω^)」
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大野氏、当然のようにはてブで叩かれる。
さて、情報財(に限らないけど)の性質を制約している要素として、CCライセンス提唱者であるローレンス・レッシグの言うところ、法・規範・市場・アーキテクチャの4つがある。CCライセンスってのは、その中の法からのアプローチなわけで、アーキテクチャを紙にすることと、クリエイティブ・コモンズの理念とは二律背反ではないし、(大野氏がどういう意味で「共有」と言っているのか定かではないけれど、一般的な意味の)「共有」とも二律背反ではない。
CCライセンスで法的な側面をクリアにしておいて、今回のようにアーキテクチャやその他の側面から、その情報財のクリエイティブ・コモンズとしての何らかのカタチ・未来像をめざすことは、十分あり得るし、むしろそれが普通ではないか。
CCライセンスをなんか勘違いしてるのか、日ごろからの著作権に対する両者のスタンスの違いがそうさせたのかなんなのか。こんな人にまじめにつきあわせられる津田さんはできた人だよ。